トクメイキボウ

(33歳/会社員)

ドキュメントを残す

システム作るときにドキュメント残すのは大事だけど、それを作る人がいないといくら残しても意味ないと思うわけ。

 

定義や設計なんかは、理解できる人+ドキュメントがあってはじめて成り立つ。理解できる人も入れ替わる可能性があるから極力汎用的な言葉で細かか書きましょうね、と。このレベルならわかる。

 

超極論言うと、ピラミッドのヒエログリフがなぜ素直に読めないかというとその当時の人がいないからだと思う。彼らはわかる言葉で詳細に書いたはず。しかし理解できる人がいないからこそ、ピラミッドというどでかい開発をしているにもかかわらず、なぜかの形なのかわからないと大騒ぎしなければならない。

※わたしはピラミッドの専門家ではありません。例が間違ったら教えてください。

 

過去の人たちが作ったもの、書いたものを解読してくことは考古学に近い。今でこそ色々な仮定をもとにピラミッドの象形文字も読み解ける。

 

今の開発がそれ。

 

設計が遠い昔に行われ、右葉曲折あり作った人達は絶滅してしまった。少数の残っている人たちも魂をとられ、かろうじて読み解ける箇所の字面に従い、真意を読み解くだけの能力はない。

 

理解できる人がいない今、取れるアプローチは、作り変えか考古学か。作り変えを行うことは誰かの首が飛んだり裁判したり、誰が悪かったのか議論が始まるので大きくなればなるほどその意思決定は重たいものになる。

そうすると、リバースエンジニアリングとか点検とか品質強化とか色々な名前をつけて、みな考古学の世界に入門する。

 

過去を読み解くにはセンスと時間がいる。ある程度の業務知見や他社事例などと照らし、ご先祖様はこう考えたに違いないと。仮説、検証、再設計などを行なってると時間がかかる。

 

たまに、ドキュメント至上主義の人がいる。なぜドキュメントがないのか!と騒ぎ立てる。ドキュメントがまじでないか、ドキュメントを読む能力がない人が言いだす。

ドキュメントは理解している人がいてはじめて成り立つ。ピラミッドを作った人たちが、一生懸命壁に絵を描いても今の我々には知る由もない。

 

 

 

 

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